ジャティック・バード編 -- 「おれたちのジャズ狂青春記 ジャズ喫茶誕生物語」

ジャズ喫茶について書かれた本はたくさんある。しかし、その半分は、いわばガイド・ブックのようなものだ。レコードの所蔵枚数だとか、オーディオシステムのラインナップとか、お店のマスターのプロフィールなどが整然と記述されている。

そんな「全国ジャズ・スポット」集のようなカタログ本以外にも、ジャズ喫茶はいろんな風に語られてきた。著者の"ノスタルジック・ジャーニー"をまとめたものもあれば、この日本独自の営業形態を文化人類学的な視点で斬り込むガクモン的なものだってある。

本書の切り口はジャズ喫茶の経営者としての視点である。真っ赤な帯に白抜きで、「全国有名ジャズ喫茶のおやじ33人が綴った笑いとペーソス溢れる青春物語!」という文字が躍っている・・・まさにそのまんまの内容だ。

60年〜70年代のジャズ喫茶に入り浸っていた客としての僕達には、実は、経営者の実像はよく見えていなかった。「ジャズのことならなんでも知っているコワイおっちゃん」に過ぎなかったわけだ。
だが、自分達が当時のマスター達と同じような年齢になり、そしていまだにそこで聴いていたのと同じ音楽を楽しんでいる・・・ここに至って、経営側に立っていた人たちの言葉に耳を傾けることには大きな意味があるだろう。

どんな世界のオーソリティーにも、必ず青二才の時期はある。髭をたくわえ、寄りついていく者を拒むかのような威厳をもっていたマスター達にも、アルトサックスとテナーサックスの違いもわからなかった時代があったはずだ。
本書を読んで、ほっとした気分になるのは、実はその要素なのだ。「なーーんだ、自分達と同じだったんだ!」というような安心感。

ところで全編を通じて綴られているテーマは何か?-- 恐ろしく端的にまとめてみると、時代の流れのなかで絶望的とも思えるその経営の困難さと、それでもジャズ喫茶というスタイルを続けていこうとする意志(というかコダワリ)・・・その相克である。

読者の関心は、この後者=拘りが、前者=時代の流れに打ち勝てるものなのかというその一点なのかもしれない。もっと言えば、仮にそれが"負け戦"のようなものだとして、諦められるような種類の戦いだったのかという点であろう。
これは、分野は異なっても、一生を通じてずっと流れている人生哲学のテーゼなのである。とりわけ、ジャズ喫茶に通いつめていた僕達にとって、その戦い方こそが大問題なのだ。

彼らが出した答えとは ・・・ それは、みなさんがこの本を読んで個々に感じとっていただきくべきものだ。答えが黒でした、白でした、って言えるような問いではないからだ。

ただ・・・

「城は建つまい。財産も残るまい。それでも胸に染み入るようなフレーズに涙し、他人同士がこれほどに相寄れるジャズという音楽こそ、何よりの心の財産だと信じたい。好きなジャズで生きてみようと思い立って以来三十余年、今やっと人生の楽しみ方がわかってきたような気がする。」
(明大前「マイルス」本山雅子)

・・・このあたりを読むと僕は、その「答え」というのではなくて、執筆に参加されたジャズ喫茶マスター達が共通して辿り着ける境地のようなものが感じられてならないのだが。

最後に・・・この本を数々のご苦労の末編集・出版され、私のような者に無償でお送りいただいた"バードtaki"こと瀧口孝志氏に、心から謝意を表したい。90年代の始めには廃版になってしまった書籍だが、何らかの方法で再版を願ってやまない。


(筆:しろくま)


いいとこついてる・・・「女子ジャズ・ブーム」の仕掛け本

80年代の後半、アイドル歌手として活躍していた島田奈美のことを覚えている人はいるだろうか?

嬉し恥ずかし・・・http://www.youtube.com/watch?v=GI9qvsJDKZc ・・ってな曲を歌っていた彼女だが、90年に突如アイドル歌手を卒業してしまう。そして、島田奈央子の名で、「CDジャーナル」や「スウィングジャーナル」などにCD評を書くフリーライターとなるのだ。その彼女もいまや39歳、(お写真見るととてもこの歳には見えないね)、れっきとした音楽ライター、カフェやFMラジオで活躍するDJさんである。

http://www.youtube.com/watch?v=58JlvYfX61Y

彼女の "Something Jazzy 〜女子のための新しいジャズ・ガイド" を初めて手にとったとき、この本は間違いなく売れるだろうなと思った。ジャズという音楽に対する漠然とした憧れを持ち、できればその魅力にどっぷりハマってみたい・・・そう考えている女性は意外に多い。「ジャズがわかる」はいつの時代にも、そして男にとっても女にとっても「オトナである」とニヤリー・イコールの関係で結ばれてきた。この本は間違いなく、そういった層に強烈な訴求力を持つだろう。また、「じゃ、何から聴けばいいのか」と迷い始める次のステップに対して、お洒落で、さほどハードルの高くない選択肢を紹介してくれているようにも思った。

ジャズの入門書は星の数ほど出版されてきた。そしてどの本にも「従来のジャズ入門書と違うアプローチ」という謳い文句が、書籍の帯に踊っているものだ。だが、これを鵜呑みにして本を買った入門者が、そのガイダンスの階段を順当に登っていって、リッパなジャズ愛好家になったなんて話はついぞ聞いたことがない。それどころか、彼らにとってジャズは、「やはり難しい音楽」「楽しめない音楽」で終わってしまうケースがほとんどなのだ。

なぜそんなことになるのか・・・評論家さんたちも、きっとおおよその見当はついているのだろとは思う。しかしどうしても、彼らには捨てられない何かがあって、それが真の意味での入門書執筆を妨げているのだ。僕にはその正体、言い換えるとジャズ評論化さん達の「屈折した心理」とか「拘り」というようなものが何となくわかっている気がしているのだが、これに関する考察はまた項を改めてじっくり書いてみたい。

いずれにせよ、彼女には、ジャズ入門の敷居を結局のところ高くしてしまうそのあたりのヤヤコシイ部分がほとんどないのだ。

どれどれ・・・彼女のお勧めCD、一発目は何かな? そうか Michel Petrucciani の "Trio In Tokyo" から持ってくるか ・・・なかなか切れ味のよい直球勝負できたな。二投目は Esperanza Spalding の "Esperanza"ねぇ。流行は流行として、照れることなくサラッと紹介してしまうところがいい。
 
ジャズレーベルの紹介も、BLUENOTE、RIVERSIDE から始めるのは順当として(礼儀でもあるよね・・・)、次のステップでECM を紹介したと思うと、GRP、そして締めは SCHEMA とつないでしまう。クラブ系、ヨーロピアン・ボッサ、ごく最新のJJAZZなどが、Miles Davis や John Coltrane と同列で並んでいるあたりを読んでいくと、評論家先生方の苦虫を噛み潰したような顔が浮かんできて、逆に小気味良い。

もちろん、著者もいろんな盤をよく聴き込んでおられるみたいだし、汲み尽くせぬジャズの魅力の代弁者たろうと努力している様子がよくわかるから、こういったアプローチの入門書に戸をたてる評論家がもしいたとしたら、「じゃ、オンナ・コドモはジャズを聴いちゃいけないのか?」といったヒステリックな感情論も含めた批判を浴びて、自らの首を絞めることになるだろう。

そういう意味で言えば、この本のタイトルはなかなかにシタタカだ。「だから、Jazz入門書としないで、Something Jazzy(何かジャズっぽいもの)としてあるのよ」・・・ここまで言われた日には、誰もなんとも言えません。

http://news.walkerplus.com/2010/0227/10/ によれば、今年は"女子JAZZ元年"なんだそうだ。Tower Records のプロモーションから生まれたキャッチ・フレーズのようだが、あきらかに一つのジャズ聴きのムーブメントが起きつつあるのは事実だし、彼女の本がその牽引役を果たしていることもまた事実のようである。


(記:しろくま)




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